その魅力を伝える
左手のピアニスト
岡田 秀子
様々な背景から、ピアノを左手のみで演奏する「左手のピアニスト」がいる。
福岡出身の岡田秀子氏は、その左手のピアニストの一人。
現在は演奏活動を行いながら、
左手のピアノを通して社会問題にも取り組んでいる。
2024年5月19日(日)、出身である福岡にて「左手ピアノソロと室内楽」を開催する。
Youtubeで聴いた左手のピアノの音色に深みのある魅力を感じ、
インタビューを申し込みました。
【インタビュー目次】
「左手のピアノ」
について
-インタビューを受けていただき、
本当にありがとうございます。
まず、今回のコンサート名でもある
「左手のピアノ」について
教えていただけますでしょうか?
半身が負傷、病気などの理由で自由が利かなくなった人を中心に、片手(5指)だけでピアノを演奏するピアノ奏法の一つです。
-岡田さんもお身体の状態から
左手のピアノに入られたとか…
4歳よりピアノを始め、大学、大学院ではピアノを専攻しました。しかし、22歳の時に精神疾患にかかって投薬を開始。その後は、ピアノ指導者として活動していました。
40歳を過ぎた頃、右手の中指と薬指に違和感を感じました。44歳で長年の薬の服用による局所性ジストニアと診断を受け、ピアノ演奏は一度中断しました。
その後、49歳で左手のピアノ奏者・智内威雄氏と出会い、左手での演奏でピアノ演奏を再開しました。
-「局所性ジストニア」とは、
どのような症状なのでしょうか?
局所性ジストニアは、体の特定部位の不随意な動きです。
私の場合は、右手中指と薬指が特定の動きのみ意思に反して動きます。(洗顔の時、洗髪の時、ピアノを弾く時)
-指で奏でるピアノと、
左手のピアノに入られた背景。
様々な思いを引き起こされます。
しかし、岡田さんの演奏を
お聴きしますと、
片手での演奏ですごいというよりも、
純粋に1つの音楽ジャンルとしての
魅力を感じさせられます。
左手のピアノの魅力について、
ぜひお聞かせいただけるでしょうか。
片手で動く可動域が広がるため、鍵盤から鍵盤への跳躍が多くなり、それによる独特の間ができます。この特徴を生かした独特の響、間が魅力です。
また、音の少なさによるシンプルさも、左手のピアノならではです。
弦楽アンサンブルの場合、弦楽器と同じように5指で奏するため、ピアノの音がうるさくならず、バランスが良くなります。
-左手のみの演奏による特徴が
独自の魅力、独自の表現方法に
繋がっているのですね。
これらの魅力を引き出す奏法を
少しご説明いただけますか?
左手のみの演奏では、メロディーを親指で奏することになります。そのため、ベースを左手小指でとり、重心を左手小指にかける両手での奏法とは演奏時の動きが異なります。
また、同時に奏する音の数が少ないため、ペダルを踏んだ時の音の濁りが減り、ペダルが多用出来ます。特定の音だけを伸ばすためのソステヌートペダルもよく利用されます。
今回のコンサート
「左手ピアノソロと室内楽」
-では、今回のコンサートについて
お聞かせいただきたいと思います。
今回のコンサートは、
岡田さんが代表を務める
“むすんでひらいて音楽事務所”
の企画とお聞きしています。
企画の経緯について、
お聞かせいただけますでしょうか。
むすんでひらいて音楽事務所では、社会問題とのコラボコンサートと、ほかの楽器とのアンサンブルコンサートの2つの柱でコンサートの企画運営をしています。今回は、アンサンブルコンサートの方です。
元々、智内威雄氏の福岡でのコンサートを企画し、それに一部、福岡出身の岡田が出演をする予定でした。
しかし、智内氏の提案により、前半岡田のソロとアンサンブルの演奏、後半智内氏を中心としたアンサンブル演奏のコンサートという形になりました。
福岡でのコンサートは初企画で、私の里帰りコンサートのような感じになりました。
-福岡では初企画なのですね!
智内威雄氏は、
NHKでもドキュメンタリー番組が
制作された左手ピアニスト。
実は私、その番組がきっかけで
左手のピアノの世界を知りました。
智内氏について
ご紹介いただけますでしょうか。
智内威雄氏は、埼玉県生まれのピアニストです。東京音楽大学、ハノーファー音楽大学を卒業。留学中にはグリーグ国際コンクール、マルサラ国際コンクールに入賞受賞するなど、輝かしい経歴を持っていました。
しかし、右手に局所性ジストニアを発症し、演奏活動に支障をきたしてしまいました。
絶望に直面しながらも、智内氏は左手のみに特化した演奏活動を開始。独創的な奏法を磨き上げ、左手の表現の可能性を広げ、今では「左手のピアニスト」として国内外で活躍しています。
智内氏の演奏は、力強く繊細なタッチと豊かな表現力で、聴衆を魅了しています。左手という制約を超えた音楽性が、多くの人の心を感動させています。
また、左手ピアノ作品の発掘・復興とともに、新たな作品の創造を進める活動も行っていて、左手ピアノ作品の新作の演奏も積極的にされています。2018年からは左手のためのピアノ国際コンクールを主催するなど、左手のピアノの世界の発展に取り組んでいます。
岡田は2020年より智内氏による左手のピアノ奏法の指導をはじめ、音楽事務所の立ち上げなど、自立、左手のピアノの世界の発展に向けた指導もして頂いています。
智内氏自身が指示することはあまりなく、アクティブラーニング的な自身で考え実行させる指導法を取られます。
-ハノーファー音楽大学の卒業試験で
左手のみで室内楽の演奏を行い、
満場一致で最優秀成績を収めた智内氏。
そんな智内氏出演のアンサンブル、
福岡で拝聴できるのが楽しみです。
さて、もう1点。
今回のコンサートでは、
近代ウィーンの天才・コンコルド作曲
“左手のための組曲” が演奏されます。
この楽曲の聴きどころを
ご紹介いただけますでしょうか。
「2つのバイオリン、チェロ、左手のピアノのための組曲Op.23」は、第1次世界大戦で右手を負傷したピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインにより委嘱されたピアノ協奏曲の後、1930年に作曲された室内楽作品です。
5つの楽章から構成され、全演奏時間は約37分。印象的な旋律と豊かなハーモニーが特徴で、技巧的なパッセージと美しいメロディーが織り成す、華麗で情熱的な音楽です。左手ピアノの独創的な書法も聴きどころです。
演奏難易度が高く、室内楽のレパートリーの中でも特別な存在といえます。
左手のピアノから
社会を見つめる
-ここからは岡田さんの現在の活動と
そのビジョンについて
少しだけお聞かせください。
岡田さんが代表を務める
むすんでひらいて音楽事務所では
どんな活動をされていますか?
社会問題と左手のピアノとのコラボコンサートシリーズ「二人でコンサート」の実施。
左手のピアノとほかの楽器とのアンサンブルコンサートの実施。
左手のピアノの世界を次世代に残す映像の撮影、配信。
この3つを柱に活動をしています。
-HP記載の事務所設立の背景や思い、
非常に興味深く拝読いたしました。
その中にあった
「もどかしさを補い合うような
コンサートを…」という言葉が、
個人的にとても印象的でした。
人とは誰しも完璧ではあり得ない、
ということ改めて思ったのですが、
「もどかしさを補い合う」には
どんなことが必要だと考えられますか?
例えば「二人でコンサート」シリーズの中でハンセン病の竪山勲さんとのコンサートを実施しましたが、その中で私の得意なピアノ演奏と竪山さんは手も不自由でピアノは弾けませんので、歌と語りという竪山さんの得意をコラボして一つのコンサートを開催しました。
障害者に限らず人にはそれぞれ特徴がありますから、人それぞれの得意、特長を生かしつつ、出来ないこと、不得意なことを補いながら生活していくことが必要ではないでしょうか。
-どのような社会を思い描きながら
活動されていますか?
人はみんな違いますから、それを理解し合い、先ほど述べたようにお互いを補い支え合うような社会。差別のない社会(特徴を認め合い、特長を活かしていけるような)。自分を自由に表現できるような社会。
そんな社会を思い描きながら活動しています。
最後の質問
-では、最後のご質問です。
今は、外出せずとも何かしら
楽しく過ごせる時代です。
そのような時代にありながらも、
わざわざ劇場などに足を運んで、
生の演奏を聴きに行く。
生の舞台を鑑賞する。
その場で体験することでしか
得られないものとは、
何だと思いますか?
現代は、自宅で映画鑑賞や買い物が楽しめる便利な時代です。
しかし、劇場での生の演奏を聴きに行くという体験は、そのような便利な環境では決して得られない特別な価値を持っています。
1. 五感全体を包み込む圧倒的な音響
2. 一体感で生まれる感動・・・演奏者と観客が同じ空間を共有する一体感。
3. 非日常的な空間が生み出す特別な時間
4. 記憶に残る体験
5. 人との出会い・・・一緒に出かけるきっかけ、交流。ホールなどでの違う観客との出会い、交流。演奏者との交流。
私は特に5番を重視します。
拙い質問にお答えいただき、
本当にありがとうございました。
左手のピアノには、
たしかに様々な背景があります。
そこにフォーカスするのも
鑑賞方法の1つかもしれません。
しかし、その背景を越えた、
その先にある世界。
そこにあるのは、
ただ素晴らしい、
そして深みのある音楽。
そんな世界に出会える機会。
とても楽しみです…!
NHKでも特集された世界
「左手ピアノソロと室内楽」
2024年5月19日(日)
なみきホールにて、14時より