パリの名門音楽院 首席
福岡出身のピアニスト
栗山 沙桜里
世界で最も歴史と伝統があるパリ国立高等音楽院を首席卒業。
現在は福岡を拠点に活動しているピアニスト・栗山沙桜里氏。
2024年11月23日(土)には、東京在住のヴァイオリニスト・前田奈緒氏とデュオリサイタルを開催する。
その経歴、そして「雨の歌」と副題のついた今回のリサイタルについてぜひお話をお伺いしたくなり、インタビューを申し込みました。
【インタビュー目次】
ピアノを始めた
きっかけ
-インタビューを受けていただき、
本当にありがとうございます。
まず、ピアノを始めたきっかけを
教えていただけますか?
私には6歳離れた兄がいてピアノを習っていたのですが、当時ちょうど中学受験の時期で勉強の為に1年お休みする事になりました。私自身はよく覚えていないのですが、その兄の席を取っておきたいという事もあって私も同じピアノ教室に通い始めたようです。
音楽自体にはヤマハ音楽教室に3歳児ランドに入って触れていたのですが、母は兄がピアノを再開する時には私は辞めるだろうと思っていたそうです。引っ込み思案な性格もあったんでしょうが、いつも後ろでモジモジしていて積極的に歌ったりピアノを触りに行ったりという素振りが無いので向いてないように見えたんですね。
ところがピアノ教室に通い出して、兄が見ている楽譜と自分が見ている楽譜が縮尺が違うだけで同じものなのだという事が分かってからは、急速にピアノにのめり込んで絶対に続けると言い張ったんだとか…。
-お兄様への憧れか、
はたまた楽譜そのものへの興味か。
幼い栗山さんの心を掴んだもの、
とても気になります!
では、音楽の道を志そうと思ったのは
いつ頃だったのでしょうか?
明確に東京の音高に進学を決めたのは中学生でしたが、小学生の頃にはピアノはなくてはならない存在でした。
その頃は体も弱く運動性誘発の喘息持ちで、外で元気いっぱいに走り回るという事ができませんでした。その関係で不登校など色々あり、ピアノという裏切らない友達を通して作曲家と遊ぶのが何より楽しかったんです。
そして舞台で演奏するのは唯一ピアノと一緒に誰かにものを言える機会という感覚だったように思います。
なのでキッカケというよりはごく自然にという方が合っているかもしれません。
-ピアノ、そして作曲家達との時間を、
大切に育んでいかれたのですね。
何世紀もの時を越えて生まれる、
言葉を介さない交流。
音楽の魅力の1つを
垣間見たような気がします。
パリへの留学
-そんな栗山さんが留学先に選んだのは
パリ国立高等音楽院。
世界で最も歴史や伝統があり、
世界三大音楽院の1つと言われています。
なぜこちらを留学先に
選ばれたのでしょうか?
留学のきっかけは桐朋で師事していた有賀和子氏の退官が決まった事でした。
最初はプロコフィエフが得意だった事もあり、年に2回桐朋の公開レッスンで見てもらっていたモスクワ音楽院教授(当時)のボスクレセンスキー氏にご相談したのですが、残念ながら彼のクラスは席が2年は空かないとの事で断念しました。
そうこうしているうちに、桐朋が富山にある大学院の方で毎春開催していた講習会にルヴィエ氏がいらっしゃいました。幼い頃からCDで聴いていた憧れのピアニストの1人でもありましたし、レッスンを実際に受けてご本人の演奏も直に聴き、この人の元で学びたいと思いました。
その場でダメ元でしたが留学のご相談をした所ご快諾いただき、そこからパリ国立高等音楽院への受験準備を始めたという流れになります。
-ルヴィエ氏は、名教師としても名高い
フランスのピアニスト。
彼の元で学ぶために向かったのは、
“花の都”とも呼ばれるパリ!
日々の生活の中にも
刺激がありそうですね!
パリは古い街並みがそのまま残っている所が多く、こういう場所であの作品は生まれたのかと想像するのはとても楽しかったです。島国の日本とは違ってEU圏内であれば比較的どこにでも行きやすくて、留学中コンクールやただの旅行で違う国に行くのもとても良い経験になりました。
また、コンサートのチケットが安く手に入る事には感動しました。
事前に買うとそれなりのお値段になりますが、開演30分前にチケットが余っていれば安ければ10€程度で手に入ります。人気な演奏家だとほぼ出ない事もありましたが、色々な演奏を間近で聴きたい学生には非常にありがたい制度でした。(でも現在のレートだと残念ながらあまり安く感じられないかもしれません…。1€=100円の年もあったんです。)
教会での無料コンサートなどもよく音楽院の学生がやっていたりするのですが、近所に住んでいる方が散歩のついでに聴いていこうかと気軽にフラッと聴いてくださって感想を直接言ってくださったりします。
欧州でもクラシック音楽の市場が縮小していると言われていますが、それでもごく自然に生活の中に存在するジャンルなんだなと感じました。
-クラシック音楽が当たり前のように
日常に溶け込んでいるのですね…!
では、学校での学びの中で
現在に特に影響を与えているものは
何かありますか?
一番現在の演奏活動に繋がっているのは現代音楽との出会いだと思います。
ピアノ科学士課程の2年目の試験での課題がバッハと現代音楽を演奏する事でした。それまでオーソドックスな作品(近現代まで)しかやって来なかった私にとってはカルチャーショックでした。
どう弾いたものやら、そもそもどう譜読みしたらいいのかと当時師事していたブレソン氏と個人的には悶絶しながら仕上げたのですが、蓋を開けてみれば自由曲とバッハを差し置いて一番評価が高いのがそれだったという結果になりました。その時に、「あなたはこちらの方が向いているわね」と言われましたが、正直その時はピンと来ませんでした。
でもその後、それならばと現代曲方面を触っているうちに、確かにこちらの方が自由に演奏できるなと感じ修士のリサイタル試験では現代曲を含むオール20世紀のプログラムで構成しました。この時のプログラム選曲は今に通ずるものがあると思います。
さらに進学
そして現在
-パリ国立高等音楽院をご卒業後は、
エコールノルマル音楽院へ。
進まれたPerfectionnement課程とは
どんなコースなのでしょうか?
日本語だと完成課程と訳されたりもするのですが、基本的に実技レッスンのみのコースとなります。
エコールノルマル音楽院は入学前に実技オーディションと面談をしてレベル別に振り分けるシステムとなっていますが、修士以上の卒業を条件にそのレベルにあると判断されれば入る事ができます。
-なぜこちらの学校に
ご進学されたのでしょうか?
パリ国立高等音楽院を室内楽科も含めて卒業した次の年度に、オルレアンで行われる現代音楽国際コンクールが行われる事を知り、完全帰国する前にどうしてもこれを受けたいと思いました。
このコンクールは1900年から今日までの作品でプログラミングしていくのですが、受けると決めてから約半年ほどしか時間がない割に新たに譜読みするものも大量だったので、このコンクールだけに集中する必要があると思いました。そこで現代音楽が得意な方を紹介していただき、エコールノルマルに所属してレッスンを受けながら準備していった次第です。
-現代音楽が得意な先生のもと、
実技のレッスンのみのコース。
集中してコンクールに臨むため、
良い環境を選ばれたのですね!
では、完全帰国された現在は、
どのような活動をされていますか??
福岡を拠点に指導やコンクール等の伴奏をしつつ、ソロと室内楽の演奏活動をしています。
レパートリーは様々ですが、特にソロの方は有名な作品よりも一般にはまだ知られていないものを中心に取り上げています。
-まだ一般に知られていないものを
あえて取り上げるのはなぜですか?
個人的に、現在コンサートで演奏されている作品というのは非常に偏りがあると感じています。ピアニストは星の数ほどいるにも関わらず、取り上げられる作品は比較的決まっているというのは少し残念な状況ではないでしょうか。演奏家が紹介しなければ作品は忘れられていくしかありません。
素晴らしい作品だけが残るのだとおっしゃる方もいますが、誰かが演奏しなければ評価すらされません。かの偉大なバッハですら、メンデルスゾーンが再発見しなければもしかしたら歴史の中に消えてしまっていたかもしれないのです。
そうやって埋もれてしまった、埋もれかけている魅力的な作品が数多あるのは勿体無いと思います。
既に有名な作品も、そうでない知られざる名曲も、音楽を愛する方々にお届けしたいと思って活動しています。
-なるほど、すでに知られている名曲は
もちろん素晴らしいですが、
知られていないからといって
名曲でないわけではない。
まだ知らない楽曲、
聞いてみたくなりました…!!
今回のリサイタル
について
-さて、今回のリサイタルについて
少しお聞かせください。
今回は東京のヴァイオリニスト
前田奈緒さんとのデュオリサイタル。
前田さんとはどこで
知り合われたのですか?
東京で何度かソロコンサートを主催していただいた方からの紹介で出会いました。
ご親族が福岡にお住まいで、こちらでもコンサートをしたいのだけど福岡に所縁のあるピアニストをという前田さんからのご要望がきっかけです。
-栗山さんから見て、前田さんは
どんなヴァイオリニストですか?
前田さんはイギリス、私はフランスで勉強していたので当初どういう感じになるのか少し不安な面もあったのですが、一度合わせてみたらそれも解消されました。不思議と音楽の方向性が一致していたようで、息を合わせるというより自然に合う感じでこれが相性というものなのかと思ったのを覚えています。
それからデュオの場合、ピアノの音量を小さくしてほしい、あるいはホールでも蓋を半開でと言われる事がままあるのですが、前田さんの場合は音の伸びが非常に良くて極端に遠慮する必要が無いのが嬉しいですね。もちろんアンサンブルなのでバランスはその都度調整しますが、無理に何かをする感覚が無い相手というのはとても稀有だなと思います。
おっとりして優しいですが、一本芯の通った方なので人の心に強く訴えかける演奏をされますね。
-自然と合う相性の良さ。
お互い伸びやかに演奏できる関係。
どのように響き合うのか、
とても楽しみです!
さて、今回のリサイタル、
副題は「雨の歌」。
プログラムはどのようにして
決められたのでしょうか??
最初にご一緒した時はそれぞれの留学先であるイギリスとフランスの作品を演奏しました。2回目の昨年(東京公演のみ)はまた違ったアプローチをしたのですが、今回は福岡では2回目の公演なので、それならドイツものをやりましょうという事になりました。
前田さんがドイツものならブラームスのヴァイオリンソナタの1番か2番をと希望されて、私が個人的に秋に似合うなと思っている「雨の歌」を核にして、ブラームスとは切っても切れない縁のシューマン夫妻を取り上げたら良いのではないか?と話し合いました。
前年に2人でシューマンの2番のソナタをやりましたし「雨の歌」とのバランスも鑑みて、じゃあ今年はシューマンも1番のソナタでクララ・シューマンは3つのロマンスを取り上げよう、小品はそれならF.A.E.ソナタ(ディートリッヒ、シューマン、ブラームスの合作)から抜粋したら面白そうだとここまではとんとん拍子で決まりましたね。
シューベルトはこの3人の関係性からは少し外れますが、ドイツロマン派の先達としてなくてはならない人なので、コンサートの幕開けは彼のソナチネで落ち着きました。
-聴きどころを挙げると
キリがないとは思いますが、
その中でも1つだけ、
ぜひここに注目してほしい!
という点を挙げるとしたら
何でしょうか??
本当に色々ありますし、誰か1人を挙げることはできないですが、選んだ作曲家達は夫婦、弟子、友人などの関係性で強い影響を相互に受けています。特にシューマンとブラームスのソナタは、弾けば弾くほど(聴けば聴くほど)それぞれの性格が顕になっていく作品です。誰か1人でも欠けていれば全く違う作品を作っていたであろう彼らの生き様に想いを馳せていただければ演奏家冥利に尽きるなと思っています。
最後の質問
-では、最後のご質問です。
今は、自宅にいながら映画鑑賞も
買い物もできてしまう時代です。
そのような時代にありながらも、
わざわざ劇場などに足を運んで、
生の演奏を聴きに行く。
生の舞台を鑑賞する。
その場で体験することでしか
得られないものとは、
何だと思いますか?
単純に音楽を聴くだけなら今はとても手軽にサブスクで聴ける時代です。
もちろん間口が広まったり知らないものに出会いやすかったりと良い所はあります。
でもホールやサロンで生の音楽を聴くと、例えば演奏者の緊張感や息遣いに微妙な色彩の変化もダイレクトにせまってきます。それを感じることで聴衆も惹き込まれ、相互の一体感が生まれるのはリアルでしか得られない物だと思います。
自宅や雑踏の中ではなく音楽そのものにどっぷり浸かれる非日常も、現代の忙しなさから離れられる特別な時間になるのではないかなといます。
拙い質問にお答えいただき、
本当にありがとうございました。
栗山さんが幼い頃、
ピアノと共に作曲家達と遊んだように、
私たちはお二人の演奏を通して、
その時代に生きた作曲家たちの姿を
垣間見ることができる。
その演奏に、生き様に、
何を感じるのか。
とても楽しみです!
「雨の歌」を奏でる
ヴァイオリンとピアノ
前田奈緒×栗山沙桜里
デュオリサイタル<福岡公演>
2024年11月23日(土)
14時開演
あいれふホールにて